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太古のひびき
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季節を訪ねてデジカメ行脚を楽しんでいます。
ひとりよがりの画像ばかりのサイトですが、更新だけはこまめにやっています。
河内太古の写真館 http://www2s.biglobe.ne.jp/~kawati/
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叡尊の五輪塔

2012/02/13 22:14
西大寺から秋篠寺を巡るウォーキングで、初めて西大寺中興の祖・叡尊の廟所と伝えられる巨大な五輪塔を訪ねて来た。

西大寺は、西ノ京をめぐる歴史街道歩きで何度も訪ねているが、西大寺の奥院「躰性院」に、基壇に据えられた巨大な五輪塔があるとは知らなかった。

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なら瑠璃会

2012/02/10 23:24
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今年の「なら瑠璃絵」は、春日大社の参道がエキサイティングだった。
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観音様との結縁

2008/12/25 19:57
長谷寺の冬牡丹がそろそろ見ごろかと、しぐれ模様の中を出かけてきました。画像
年の瀬に雨模様の平日とあって、お参りする人はほとんどなく、境内はひっそりと静まっていました。
ちょうど本尊の十一面観音様の特別拝観がゆっくりできるいい機会と、仏様との結縁を結んで来ました。

仏様の五つの智慧を表す五色線と呼ばれる糸をより合わせた腕輪を左手にかけてもらい、観音様のすぐ足もとに正座すると、10メートルを超えるその大観音様の迫力に圧倒されました。
奈良時代に開眼以来、落雷などで何度も焼け、現在の観音様は8代目になるそうです。
ここの観音様は左手の水瓶に加え、右手に錫杖を持っています。お坊様の説明によると、観音と地蔵の両菩薩の徳を備え、長谷寺式観音としてのお姿を表しているのだということでした。

お坊様の説明の後、観音様のお御足に腕輪をつけた左手を乗せ、そっとなでることで結縁になるようです。1538年に造られて以来、多くの特別拝観者の手に触れられた観音様の御足は、黒光りして艶々としていました。

結縁の後、堂内を回ると、徳川家代々の位牌が安置されていました。位牌の数は確かに15ありましたが、よく見ると、最後の将軍慶喜の位牌だけがありません。不思議に思ってお坊様に尋ねると、明治の廃仏毀釈の流れの中で慶喜の葬儀は仏式ではなく神式で執り行われたため、15代徳川将軍のみが位牌がないということでした。15体の一つは10代将軍家治の急死を受けて11代将軍となるはずだった世嗣家基の位牌だそうです。老中田沼意意に批判的だったことから毒殺されたとのうわさがある人物です。

即位はしなかった皇子に天皇号がつけられて葬られている御陵を思い出した徳川家位牌宮殿でした。
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師走の当麻の里

2008/12/23 16:57
年の瀬を迎えると、当麻寺奥院では冬牡丹が、石光寺では寒牡丹の花が咲き始めます。画像

どちらも寒に咲く牡丹ですが、寒牡丹は二期咲きで、葉がほとんどなく、花もやや小ぶりです。冬牡丹は春に咲く牡丹を環境調整で冬に咲かせるもので、春牡丹とほとんど変わりませんが、こも被りの中で咲く花には、春の華やかさにはない風情がありました。

時雨模様の境内には、早くもロウバイの花が咲き始め、冬の寒空に黄色い暖色のほころびを見ることができました。

この時期は、GWのような華やかな賑わいもなく、静かに冬の秘華を楽しむ絶好の機会です。

PCの機種変更で、ここ1週間ほどはほとんど出歩いていませんでしたのて、今日は近場でしたが、12000歩ほど歩くことができ、いい気分転換になりました。f^_^;

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Visata乗換

2008/12/22 15:46
年末になってXPパソコンが突然ダウンし、修理が必要なことが判りましたので、この機会に思い切ってVistaPCに乗り換えることにしました。

数ヶ月前からPC不調が続いていましたので、そろそろ買換え時期かと思案中の出来事でした。ある程度のデータは外部に退避させていたのですが、直前のデータや設定は対応する間がありませんでした。

OSのVistaはどうも不慣れなこともあって、できれば使い慣れたOSのXPで継続したかったのですが、いつまでもXPに執着しているのもどうかと思い、新機種購入を機会に乗り換えました。

何年も前に設定した内容など記憶が曖昧で、ネットにはすぐに繋がったものの、使用ソフトや周辺機器の相性があり、ドライバーの更新やソフトの再インストール、ネットデータからのダウンロードで疲れました。

年賀状処理だけでも早く何とかしなければと、データの修復を最優先に取り組みましたが、プリンターは通常に動作するものの、はがきソフトが正常に機能しない原因がつかめず、試行錯誤の連続でした。結局、プリンタードライバーが原因で、あらためてVisata対応ドライバーをネットからダウンロードすると正常にソフトが起動しました。あとでソフトのマニュアルを読んでいると、よくあるQAとして掲載されていましたからお笑いです。

つぎはぎだらけの太古のHPも前回の機種更新時にかなりのページを不用意な操作で壊してしまった経験がありますので、あまり手を加えると以前の二の舞になりかねません。とりあえずは更新できるようにはなりましたが、どうも記憶が曖昧で、一度きりの記録をきっちりと残していないことが悔やまれます。

常に操作している内容はともかく、何年も前にしかやったことのない操作はミスの連続です。現在の機種変更は以前に比べるとずいぶん簡単になっているようですので、やはりPCが壊れる前に乗り換える必要があることを実感した今回のちょっとした騒動でした。

分かっていながら懲りない太古の性格がほとんどの原因だということ。これが分かっただけでも貴重な体験だと思っている間は、まだまだ懲りていない証拠なんでしょうね(*^^)v
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木簡が語る知られざる飛鳥

2008/07/13 12:15
昨日は、両槻会の第9回目の定例会で、飛鳥資料館の会議室をお借りして講演会が開催されました。
今回の講演テーマは、この10年の間に大量に出土した木簡が語る飛鳥のお話で、講師は奈良文化財研究所都城発掘t調査部の主任研究員の市 大樹先生です。

市先生は、発掘された木簡の解読を担当されている気鋭の考古学者で、先般も、藤原宮跡から出土した「右大殿荷八」の木簡の「右大殿」が藤原不比等を示すもので、出土箇所の近辺に不比等の屋敷があったのではと推定され、注目されています。

今回の講演では、飛鳥の中でも特に8000点に及ぶ大量の木簡が出土した「飛鳥池遺跡」(万葉文化館建設地)を中心にお話をお聞きすることができました。
この大量の木簡の解読を通して、富本銭出土で注目された飛鳥池遺跡で、当時この工房の第一線現場で金属製品の生産に携わった渡来系技術者の工人たちの姿が見えてくるというお話はとても感興のあるものでした。

木簡に記された東漢人を中心とする工人名や地名(朝妻、佐味)から、葛城山麓に住み着いた金属生成の高度な技術者集団が、葛城氏の滅亡とともに蘇我氏に取り込まれ、蘇我本宗家の滅亡とともに、天皇家に引き継がれていった過程が見えてくるという。

律令国家草創期を先進的技術を持って生き抜いたこれら渡来系の氏族は、動乱の古代史のテクノクラートとして、この国のかたちつくりに大いなる貢献をした様が、木簡の断片から読み解っていくことができるというお話を聞いていると、木簡は土の中に埋もれた生の第一級の資料であると思われました。

一つの木簡の短い文字断片だけで、それが何を目的に、何について書かれているのかを読み解くのは至難の作業であろうと思われます。しかし、近時大量に木簡が出土するようになって、これまで不明だった木簡の断片が語る古代史の現場が垣間見えてくるようなになったようです。これまでは文字の判読が困難だったものが赤外線写真の分析技術などによって読み解かれつつあります。

遺跡や遺構から出土した木簡を読み解くまでには、周辺木簡の出土や解析技術の進歩に待たねばならない木簡が多数あり、解読内容が定着するまでにも時間がかかるようです。それまで一定の解読作業を終えるまでの木簡は水漬けのまま保存されているというお話でしたが、全国に35万点もあるとされる木簡の読み取り作業は、まさに気の遠くなるような作業です。

これからも出土するであろう木簡によっては、数十年の歳月を経てあらためて注目を浴びる忘れられていた木簡も、古代史を塗り替えるような解読が行われる可能性もあり、木簡が語る知られざる歴史の断章に興味を強くひきつけられる講演でした。

講師を快くお引き受けいただき、貴重なお休みのときを割いて熱心にお話いただいた市先生や、会場として飛鳥資料館を提供いただきました杉山先生や館員の皆さんにお礼を申上げます。ありがとうございました。
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元興寺の桔梗

2008/07/06 18:54
画像奈良国立博物館で開催されている「国宝法隆寺金堂展」にでかけてきました。

目の位置で直に眺められる四天王像や釈迦三尊の天蓋は、展覧会ならではの拝観でした。
日本最古の四天王像は東大寺戒壇院のものなどと比べると、表情がのっぺりしていて、飛鳥時代特有の渡来系の色彩を色濃く留めている印象でした。
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半世紀前に火災で焼損した金堂壁画も、日本画壇の重鎮によって正確に焼損前に復元されたものを、全12面すべて間近に拝観することが出来ました。

展示室は金堂内部の荘厳さに設えられていて雰囲気がありました。

博物館の後、奈良町の元興寺を訪ねて来ましたが、境内の桔梗は早くも見頃になっていました。
石仏の間にまるで星屑を散りばめたように咲く桔梗の立ち姿に、炎暑を忘れさせる清々しさがありました。
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