第1回両槻会

飛鳥好きの定例会「両槻会」の記念すべき第1回例会が、3月31日、橘寺の往生院で開催されました。
第1回目は講演会となり、講師には奈良大学文学部の滝川助教授にお願いすることになりました。
会の運営者である風人さんがお願いした演題は「吉野宮滝への道」。

先生のご専門は確か平安文学で、菅原道真、古今和歌をご研究だというから、古道好きの風人さんのご注文と定例会が掲げる飛鳥のテーマがどう結び付くのか、気安く引き受けられた先生に困惑はないのだろうか…と、ちと心配になりましたが、
太古は、日頃はお酒を飲んでいる先生のお姿しか知らないので、大学の先生の素顔を拝見できるいい機会と、個人的にはとても興味津々でした。(^_^)

で、サブタイトルを見ると「菅原道真の『宮滝御幸記略』を巡って」とあります。
「ん? 菅原道真と飛鳥はどんな関係があるんやろ…?」
聞きたい疑問はあるんですが、それは当日のお楽しみかも…と、口にする勇気もなくつい遠慮することになりました。

事前に先生から詳細な講演会のレジュメが送られてきました。
なんと、宮滝御幸記略の訓読と関係図などが記されたとても難解そうなシロモノです。
漢文や古文は高校時代に担当の先生から叱られた記憶しかありませんから、チンプンカンブン。
(ま、いいや。当日聞けばわかるじゃん♪)と、諦めのいい太古は、質疑の内容は風人さんにお任せすることにしました。
申し訳ないので、少しサイトを探して、宮滝御幸記略の優しい解説を見つけ、メール送信。
それでも少し気になった記述がありました。なんでも、高市郡に道真公の山荘があったと記されています。
どうもこのあたりが疑問解明のポイントかもと、勝手に納得して缶Bにしました。^m^

往生院に集まった皆さんは、難しそうなレジュメを前にうなだれています。画像
そのうち寝そうになるんじゃないかと、一応主催者の一人としてひやひやです。

ところが、滝川先生の講義が始まると、次第に参加者の緊張がほぐれるように、先生の流麗な語りに魅せられてゆくのが分かります。いかにご専門とはいえ、あの難解そうな古文をよどみなくすらすらと読み下していかれるだけでも驚きでしたが、ときどき挟まれるユーモラスなコメントに思わず文章に引きずり込まれてゆきます。

不安定な政治情勢から皇位の安定を図るため、我が子醍醐天皇に若くして譲位された宇多上皇が、まるで思い立ったような気軽な宮滝遊覧に出かける様子が、残された道真の宮滝御幸記の一部から推定されてゆきます。

先生の講義を聞いていると、これが実に興味深い記述になっています。吉野の宮滝を訪ねる上皇と都の政務を留守にしてお供する高位の貴族たちが、どのような旅をし、どのようなコースを辿ったのか。簡潔な文書(漢文)に認められた記録から、思わず笑いを誘う名講義に酔い痴れた時間でした。

結局、途中立ち寄った道真公の山荘は、先生が今回の講演のためにお調べになった結果では、久米寺付近にあったのではないかと推定されています。宮滝までのコースは壷坂山越えで世尊寺を抜けて行ったことになります。
ただ、なら坂から久米寺までの道程については、平城京と藤原京(飛鳥)を結んだ古道の下つ道を辿ったかどうかについては、平城京の出発門となった重層門が朱雀門であったかどうかによって違ってくるというお話でした。

平安貴族が旧都を辿り秋の数日を宮滝に遊んだ様子が、短い文章の中から実に興趣に飛んだ記録として読み取れることを、今回の講演で知ることができました。
難解でとっつきにくい古文に少しは馴染むきっかけになったかもしれないご講演でした。
滝川先生、ありがとうございました。また、風人さんのしかけに嵌ってください。よろしくお願いします。(*^^)v


先生からいただいたレジュメ(両槻会サイト掲載)




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