第3回両槻会定例会

7月14日、大型の台風4号が近畿に接近する中、第3回の両槻会定例会が飛鳥資料館で開催されました。
近畿地方が台風の暴風域に入るのは今夜半から明日未明にかけてのようで、講演会の開催に、幸い支障は生じませんでしたが、悪天候にもかかわらず、関東はじめ遠方からもご参加いただき、ありがとうございました。画像

今回の定例会は講演会で、飛鳥資料館学芸室長の杉山先生に講師をお願いし、高松塚出土の海獣葡萄鏡に関わる同鏡の類型と特色についてお話いただきました。

古代鏡については解説書や説明文を読んでも、正直あまり興味は出なかったのですが、やはりご専門のお話を直に聞き、参加者の皆さんとの質疑応答をお聞きしていると、海獣葡萄鏡がにわかに身近なものに感じられたから不思議です。
杉山先生の余談も鏡を身近に感じさせてくれた要因となったかもしれません。研究者社会の中の評価も、興味深く拝聴しました。

古墳から出土する副葬品としての鏡は、被葬者のステイタスとしてのシンボルかと思っていましたが、祭祀以外に実際の日常の用具としても利用されていたというのは、常識なのかもしれませんが太古にとっては驚きでした。

展示されたり図録に掲載されている鏡は、ほとんどが装飾文様のある裏面ですから、表面の鏡はどの程度、鏡としての実際の役割を果たしていたのか、と素朴な疑問をお尋ねをしてみると、やや灰色がかった鈍い結像で、見るにはいいかもという趣旨のご発言で、妙に納得できました。
実際の鏡と同じように鏡面に錫鍍金をして磨きこんだものを、手にとって見れるようにしたものが資料館で展示されていたそうですが、気が付きませんでした。

海獣葡萄鏡と呼ばれる装飾の中の獣は、トドやアザラシのようないわゆる海獣ではなく、描かれているのは禽獣のようなもので、海獣はこの種の鏡の普通名詞として呼称されているそうです。ん、なんで?とも思いましたが、そんなものかとこれも納得。

大陸伝来の海獣葡萄鏡が国産化されるのは奈良時代に入ってからとされているようですが、飛鳥池遺跡から国内で唯一、海獣葡萄鏡の一部と思われる鋳型が出土しているため、奈良時代以前から国産化されていた可能性があるようです。
もちろん古代鏡全体としては、はるか弥生時代から国内でも作られていたとのことでした。

鏡の成分分析や、あの複雑な装飾浮き彫りがどのように制作され、複製されていたのかのお話も、興味深いものでした。

講演に続く活発な質疑応答と、その後の先生も交えての座談会など、およそ2時間40分の今回の定例会は、近づく台風も忘れてしまうほど、濃密なひとときとなりました。

最後までお付き合いいただきました杉山先生には、お忙しい中、貴重な時間をやりくりしていただき、本当にありがとうございました。
おかげで、古代鏡の世界にも少しは関心を抱くきっかけになったような気がします。

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当日の詳細なレポートは下記をご覧ください。

;「海獣葡萄協について」講演会レポート(両槻会事務局、ももさん、風人さん)

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