テーマ:飛鳥

木簡が語る知られざる飛鳥

昨日は、両槻会の第9回目の定例会で、飛鳥資料館の会議室をお借りして講演会が開催されました。 今回の講演テーマは、この10年の間に大量に出土した木簡が語る飛鳥のお話で、講師は奈良文化財研究所都城発掘t調査部の主任研究員の市 大樹先生です。 市先生は、発掘された木簡の解読を担当されている気鋭の考古学者で、先般も、藤原宮跡から出土した…
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飛鳥の雪景色

飛鳥に通い続けていても、雪に鎮まる飛鳥を見る機会はめったにありません。しかもそれが休日に遭遇するとなると、いよいよ機会がありません。 雪の予報が出ていても、地元なら降り積もればすぐにも出かけられるのでしょうが、自宅からだと飛鳥に着くまでの時間と雪の融ける時間との競争になります。それなら、朝早く出かければいいようなものですが、寒い上に早…
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高松塚その後

先日、大阪市内で開催されている歴史セミナーの講座の一環として「いま飛鳥京の考古学は熱い」という講演があったので、参加してきました。 講師は明日香村教育委員会文化財課主事の相原嘉之先生です。両槻会でもお世話になっている先生の講演会とあって、せひともお聞きしたかった講座でした。 講演内容は、高松塚の石室解体に伴う発掘調査結果を中心とした…
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第4回両槻会定例会 両槻宮はどこ?

 飛鳥好きの定例会も第4回目の例会を迎えました。二カ月に一度の定例会ですが、あっという間にめぐって来るという実感です。    飛鳥京跡の中心部から見上げると、東側にひときわ高く聳える山があります。藤本山と呼ばれていますが、地元の方でも山の名前をご存知の方は少ないのではないかと思われるほど平凡な山の名前です。この山頂に飛鳥を見…
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両槻宮

第5回両槻会の講演会は、明日香村教育委員会の相原氏が「両槻宮をめぐる諸問題」と題して、日本書紀に記された斎明天皇の別宮について語っていただける予定です。 この斎明天皇の両槻宮は、一体どこにあったのでしょうか。 かって、松本清張が小説「火の路」で、酒船石は両槻宮の付属施設とし、ペルシャ人の影響を受けた斎明天皇の拝火神殿ではなかった…
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飛鳥検定の日

両槻会主催の「飛鳥検定」が橘寺の往生院で行われました。 集合時間のお昼頃は、梅雨の走りを思わせる土砂降りの生憎の気象状況となりました。 そんな激しい雨脚の中、この日の検定に19名の方が参加されました。 今回も半数ほどの方が初対面で、両槻会に集う人の輪の拡がりを予感させてくれるものがありました。時間の制約もあり、せっかく参加…
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ふるさと納税

自分の生まれ育ったふるさとへも納税できる税制度が活発に議論されています。 税源配分や徴税負担、使途不安から賛否は分かれるようですが、自らの意思で納税先を選択できるのはいい制度だと思います。 この際、今住んでいる所以外にふるさとを持たない人にも納税したい先を選択できるようにまでして欲しいものです。 ささやかであっても、思い入れの…
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第2回両槻会定例会

朝から雲ひとつない青空が広がり、第2回目の両槻会は五月晴れの飛鳥ウォーキングとなりました。 今回は「埋もれた古代を訪ねる」というテーマで、発掘調査後に埋め戻されて、今は土中に眠る数々の遺跡を巡り、古代飛鳥へのイメージを掘り起こそうというかなりマニアックな企画です。 集合場所の飛鳥駅前に集まったメンバーは、全員で26名。うち半数は…
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高松塚古墳の石室解体

明日香村の高松塚古墳の石室解体作業がいよいよ始まりました。 古墳内の被葬者のために描かれた装飾壁画の劣化を守るため、石室解体という非常手段を選択せざるを得なくなった前代未聞の国家プロジェクトだそうです。 しかし、この解体作業を国家的プロジェクトというには、あまりにも悲劇的な結末です。国宝壁画に指定しておきながら、国民の目から完全…
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飛鳥検定

飛鳥好きの定例会「両槻会」で、飛鳥検定なるものををやってみようかということになりました。 もちろん発案者は風人さん。奈良検定も受験はしていませんが、ほとんど正解できたようです。 まだ、飛鳥検定はどこも行っていないようですので、どこかが実施する前に両槻会でやってみるのも面白い試みです。 (…で、だれが設問作るンやろう…)と、心の中で…
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キトラ古墳の朱雀

キトラ古墳の朱雀が剥ぎ取りに成功したそうで、高松塚のように石室解体という悲惨な結果に至らず、幸いでありました。 今回の剥ぎ取りの成功は、壁画劣化の状況や保存作業の情報が公開され、広く注視されることになったことも、大きく寄与していると思われます。これまでの経験や技術では克服できない課題が新たな手段の開発につながり、ダイヤモンドワイヤ…
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土山塚その後

西飛鳥であらたな壁画古墳か? と報しられた土山塚を再訪してみました。 調査用テントのある小山は、前に覗いたときよりは更に整地が進められているようでした。 小山の鞍部に上るための階段の地ならしが施され、頂部は綺麗に雑木が刈り取られ、間伐された竹が隅に丁寧に積み上げられていました。 不思議なことに、雑木を焼いたような炭化の跡も…
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飛鳥好きの定例会

飛鳥庵に集うネット仲間を中心に定例会を立ち上げようということになりました。 以前、飛鳥資料館で陶芸教室が開催されていたころは、この教室がネット仲間の交流の場となっていましたが、資料館の事情で開催できなくなり、定例的な交流の場がなくなりました。 その後、飛鳥庵のおばちゃんが仲間の交流の場として気さくに受け入れてくれましたものの、何か目…
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発掘された蘇我氏の飛鳥

飛鳥資料館で開催中の発掘調査速報展 「飛鳥の考古学2006」 この速報展の特別講演会として明日香村教育委員会相原嘉之氏による「発掘された蘇我氏の飛鳥」をテーマに講演が行われました。 講演会は、前日に放映されたNHKの番組や、11日には甘樫丘東麓遺跡の発掘調査現地説明会が控えていることもあって、聴講者が場外にまで溢れる大盛況でした…
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新たな壁画古墳?

<追記> 今日2月3日、この記事に関する内容が確認できました。 残念ながら、信憑性がないということです。 20日のA新聞の夕刊記事によると、明日香村西部のマルコ山古墳近くにある小山が古墳ではないかと、確認のための調査が月内にも始まるそうです。 飛鳥時代の終末期古墳が集中する地域だけに、古墳である可能性があり、高松…
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2006年の彼岸花

9月の声を聞くと、飛鳥、葛城の彼岸花が思い出され、まだつぼみの頃から彼岸花を求めて野道を歩き回りました。 今年は残暑が厳しかった所為か、例年ならお彼岸の前にも見ごろを迎えるのですが、今年はちょうどお彼岸の頃に見ごろとなりました。 彼岸花が田んぼの畦や野道を彩るためには、夏草の刈り取り作業が欠かせませんが、この時期がずれると、…
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消えゆく飛鳥

16日の朝刊の新聞記事に載ったタイトルです。 現在の高松塚古墳の内部が34年ぶりに報道陣に公開され、発掘時と様変わりした壁画の劣化状況を目にして、「飛鳥が消えて行く…」と感じた思いが凝縮したような衝撃のタイトルでした。 報じられたカラー画像を見ていると、切なくなってきます。 古代飛鳥を実感できた高松塚古墳の彩色壁画は、多く…
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飛鳥光りの回廊 伝飛鳥板蓋宮跡

今日からの三連休も、台風の影響で雨模様となりそうな予報。 雨が降り出さない今日がチャンスと、またまた飛鳥通いです。 明日香村内は日没とともに幻想的な光の帯に浮かび上がりました。
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案山子ロードのミズアオイ

飛鳥の彼岸花祭が来週の三連休に始まります。 この祭にあわせて、恒例の案山子コンテストも行われます。 明日香稲渕の棚田ロードには、今年のテーマ「夢」にちなんだ案山子の設置が進んでいます。 8月下旬から設置が始まり、すでに力作案山子がいくつも登場していますが、その後の新設案山子が気になって、彼岸花祭を待ちきれず、9日に再び案山子ロード…
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高取から明日香へ

今日は、梅雨末期、つかの間の晴れ間が覗く休日となりましたので、久し振りに高取の城下土佐町を歩いてきました。 しばらく訪ねていないうちに、新しい道ができていたり、町並みの整備も進んでいました。 薬の町として栄えた高取の城下町は、街道沿いに今も往時を偲ぶ古い民家が大切に保存されています。 高取藩の下屋敷表門を移築したという石川医院…
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キトラ古墳の白虎公開

古墳壁画の実物に、はじめてお目にかかって来ました。 公開後最初の休日は雨となりましたが、それでも白虎を見るには60分待ちの人気でした。 保存のため古墳内から取り剥がされた壁画の実物は、わずか数分の拝見であっても、実物が持つ存在感は感動ものです。 展示会場となった飛鳥資料館では、遠くからも訪れる多くのファンに、限られた時間内…
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飛鳥蓮華まつり

明日香村大字飛鳥で、4月30日、今年で7回目の蓮華祭が行われました。 大字内の春のお祭ですが、大字飛鳥は飛鳥の中の飛鳥です。 飛鳥寺のある飛鳥は、まさに飛鳥揺籃の地ともいえる在所です。 咲き乱れる蓮華に今年の豊穣を願いながら、田んぼに設えられた仮屋の中で地区の皆さんの和気藹々の賑やかなお食事会が始まります。 太古も飛鳥庵のお…
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聖徳太子勝鬘経講讃1400年慶讃法要

日本史の教科書にも掲載されていた「三経義疏」という単語は何となく記憶していますが、三経が法華経、維摩経、勝鬘経であることまでは記憶が定かではありません。 その三経の「義疏」(注釈)を聖徳太子が日本人としてはじめて著されたとされています。 法華経というのは日頃馴染みのある経典名ですが、維摩経、勝鬘経となると何の経典やらさっぱり分かりま…
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高松塚壁画古墳

明日香村をわき立たせた発掘以来、貴重な文化財は人の目に触れない恒久的な保存が行われ、再び古代の深い眠りについていたものと思い込んでいましたが、いつの間にか劣化が進み、ついには石室を解体するに至る無残な結果となりました.。 その間、国宝とされた古代の装飾壁画は、結果として、秘仏のように極一部の人にのみ特権的に開帳され、劣化の進行にも…
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黄砂舞う春の飛鳥

昨日は折角の桜日和と期待していましたが、朝から強い季節風が吹き、見ごろを迎えた桜も大揺れの一日でした。 おまけに偏西風に乗って中国大陸からやってきた黄砂が空を覆い、午後遅くなると日輪がお月様のように見えたから驚きです。 甘樫丘にも登ってみましたが、満開の桜越に見える飛鳥の景観は、まるで夕闇に包まれたように霞んでいました。 …
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発掘現地説明会ラッシュ

もうすっかり春の陽気となった11日。 話題の飛鳥京跡、石神遺跡、島庄遺跡の発掘成果の現地説明会が行われ、飛鳥は終日多勢の古代史ファンで賑わいました。 現地説明会ではおなじみのネット仲間のみなさんも勢ぞろいで、止まり木の飛鳥庵も大賑わい。 現地説明会の前に飛鳥路の梅探訪と欲張った太古は、時間がなくて島庄遺跡は断念する結果になりま…
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飛鳥のとんど

15日。小正月を迎えた明日香村では、各字ごとに「とんど焼き」が行われました。 とんど焼きは例年14日に行われますが、生憎の雨のため、多くの字ではこの日に順延となりました。 字飛鳥のとんどは、飛鳥寺の南西の田んぼで午後6時から始まりました。 冬田に青竹のやぐらが組み上げられ、正月飾りや書初めの半紙を燃やして、今年1年の無病息災、家内…
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明日香稲渕の勧請綱掛神事

平成18年1月9日。 明日香村の稲淵地区で新春恒例の勧請綱掛神事が執り行われました。 この神事は、飛鳥川の川筋から集落に入ってくる悪疫を封じ、無病息災と子孫繁栄を祈念して、毎年正月に新しい綱に架け替え、お祓いが行われます。 川の両岸に渡される太い綱の中央には男性のシンボルが吊るされることから、この勧請綱は「男綱」と呼ばれていま…
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飛鳥の蹴鞠

12月23日。石舞台古墳のある歴史公園の広場で、飛鳥の蹴鞠が行われていました。 飛鳥の蹴鞠は、談山神社や京都で行われている公家蹴鞠のような雅かさはありませんが、飛鳥時代に行われていた蹴鞠はこのようなものであったのではと想われる闘技的要素の強い素朴さがあります。 飛鳥蹴鞠の復元はまだ始まって歴史が浅いようですが、大化改新の主役となった…
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カヅマヤマ古墳

現地からの画像です。 見学会ということで説明はありませんでした。 明日、公民館で報告会が予定されています。 ともかく大変な人出で、飛鳥駅から現地まで人の行列が続く盛況振りでした。 墳丘に上るパイプ組み立ての階段と見学台が、多人数を載せると危険なためか、人数制限と交互通行となっていました。 そのため、地元地之窪の狭い路地…
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